大和企業投資では現在、未上場企業から上場後までを一貫して支援するレイター&クロスオーバーファンドの設立を進めています。その背景には、日本のスタートアップ市場が抱える一つの構造的な課題があります。

それは、企業価値が十分に大きくなる前に上場してしまうことで、上場後の流動性が不足し、その結果として企業価値が適正に評価されず、その後の成長が制約されてしまうことです。

流動性の低い企業では機関投資家の保有比率が上がりにくく、株主構成が安定しません。また、追加的な成長資金の調達も難しくなります。しかし私たちは、流動性の本質はさらに深いところにあると考えています。

流動性の低さは、企業の資本コストを上昇させる。そして資本コストの上昇は、企業価値そのものを押し下げる。

本稿では、そのメカニズムについて考えてみたいと思います。

目次

流動性が低いと機関投資家はなぜ買いにくいのか

「流動性が低いと機関投資家が買えない」という話はよく聞きます。筆者自身もこれまで上場株式の運用に携わってきましたが、数千社の上場企業の中から投資候補を探すスクリーニングプロセスにおいて、最初に確認していたのは業績ではありません。

まず見るのは、

  • 時価総額
  • 流動性

です。

どれほど魅力的な事業を展開していても、運用規模に見合った投資ができなければポートフォリオへの組み入れは難しいからです。例えば500億円を運用するファンドを考えてみます。仮に1億円投資したとしても、ポートフォリオ全体に占めるウェイトはわずか0.2%です。

その企業について、

  • 経営陣との面談
  • 業界分析
  • 競合調査
  • 業績予測モデルの作成

といったリサーチを行ったとしても、ファンド全体への寄与は限定的になります。

そのため多くの機関投資家は、一定規模以下の企業を投資対象から外しています。もちろん明確な基準があるわけではありませんが、一般論として時価総額数百億円規模の企業は投資対象になりにくく、1000億円前後から本格的な投資対象として認識されるケースも少なくありません。

実際には時価総額そのものよりも流動性が重要です。仮に時価総額が小さくても流動性が十分にあれば、発行済株式に対する保有比率を高めることで一定額の投資が可能です。しかし現実には、時価総額が小さい企業の多くは同時に流動性も低い傾向があります。

流動性とは何か

では、そもそも流動性とは何なのでしょうか。

実務の世界では流動性を測る指標として、

  • ビッド・アスク・スプレッド(買値と売値の差)
  • マーケットインパクト(売買によって株価がどれほど動くか)
  • 出来高・売買代金(出来高は一定期間内に成立した売買株数、売買代金はその取引金額)

などが用いられます。

流動性が高い銘柄では売買コストは小さく、大口の売買を行っても株価はあまり動きません。一方、流動性が低い銘柄では、売買するだけでコストが発生し、大きな注文を出せば株価そのものを動かしてしまいます。

例えば1日の売買代金が1億円の銘柄に対して10億円投資しているファンドがあるとします。理論上は10日分の売買代金に相当しますが、現実にはそのような売買はできません。機関投資家の多くは市場価格への影響を抑えるため、1日の売買代金に対する市場関与率を10~20%程度に抑えています。そのため売却には数週間から数か月を要する場合もあります。

このような理由から、運用の世界では「株価下落リスク」だけではなく、「売れないリスク」も重要なリスクとして管理されているのです。

流動性の低さは資本コストの上昇につながる

ここまでは、なぜ機関投資家が流動性を重視するのかを説明してきました。

しかし企業経営の観点から見た場合、本当に重要なのはその先です。流動性の低さは、単に機関投資家が買いにくいという問題にとどまりません。実は企業の資本コストそのものに影響を与えます。

投資家にとって流動性の低い株は、

  • 売買コストが高い
  • 売りたい時に売れない
  • 市場急変時に流動性が枯渇する可能性がある

といった不利な特徴を持っています。

投資家がこうした不利を受け入れるためには、それに見合うだけの高いリターンが必要です。言い換えれば、流動性の低い企業ほど、投資家から高い期待収益率を要求される。ということです。

企業側から見れば、それは資本コストの上昇を意味します。ファイナンス理論では、企業価値は将来生み出すキャッシュフローを資本コストで割り引くことで算出されます。

同じ利益を生み出す企業であっても、

  • 投資家が8%のリターンを要求する企業
  • 投資家が12%のリターンを要求する企業

では、後者の企業価値は大きく低くなります。

つまり流動性の低い企業は、「良い会社なのに評価されない」わけではありません。流動性の低さそのものが、高い資本コストを通じて企業価値を押し下げている可能性があるのです。

これは単なる株価の問題ではありません。企業価値の問題であり、資金調達能力の問題であり、最終的には企業の成長速度の問題でもあります。

資本コストが高い企業は、より高い成長を実現しなければ投資家を満足させることができず、追加的な資金調達も不利になります。その結果、本来であれば実行できたはずの成長投資が見送られ、企業の成長機会そのものが制約される可能性があります。

アカデミックの世界では流動性をどう考えるのか

学術研究においても、流動性は長年研究されてきたテーマです。代表的な研究の一つが、Yakov Amihudによる"Illiquidity and Stock Returns: Cross-Section and Time-Series Effects" (Journal of Financial Markets, 2002)です。この研究は、流動性の低い株ほど実際に高いリターンを生む傾向があること。また市場全体が流動性の悪い時期には、株式市場全体の期待収益率も上がることを示しました。

一見すると、「流動性の低い株の方が有利な投資対象」であるように見えます。しかし論文の重要なポイントはそこではありません。重要なのは、投資家が高いリターンを要求しているからこそ、流動性の低い企業は安く評価されているという点です。

投資家にとっては「高いリターンが期待できる」という話ですが、企業にとっては「高いリターンを要求されている」という話です。繰り返しですが、流動性の低さは、単に機関投資家が買いにくいという問題ではありません。企業の資本コストを押し上げ、企業価値そのものを低下させるものです。

日本のグロース市場への示唆

スタートアップの世界では、「IPOはゴールではなく通過点である」とよく言われます。しかしその一方で、上場後の資本市場との向き合い方については十分に議論されていないように感じます。

本稿で見てきたように、流動性は単なる出来高の問題ではありません。流動性の不足は、投資家が要求する期待リターンを引き上げ、企業価値を押し下げる要因となります。つまり流動性とは、市場のテクニカルな問題ではなく、企業の競争力そのものに関わる経営課題なのです。

大和企業投資がレイター&クロスオーバーファンドを立ち上げる理由もここにあります。私たちはIPOを実現することだけを目的としているのではありません。上場後も継続的に成長し、資本市場から適切に評価され、必要な成長資金を調達できる企業を増やしたいと考えています。

優れた技術やプロダクトを持つことは重要です。しかし同時に、その価値を資本市場へ正しく伝え、投資家が安心して長期保有できる市場環境を構築することも重要です。上場はゴールではありません。そして流動性は単なる出来高でもありません。流動性とは、企業価値を決める資本コストに影響を与えるものであり、結果的に企業の成長の可能性にも影響を与えるものです。

※なお、出資に関するご留意事項につきましては、こちらをご確認ください。